31「老兵は去らず」の授業分析 1992年の中3生徒
平和教育、同和教育、性教育などに力を入れていた1990年代に作成した授業。
やっぱり「死神くん」を使っています。
この頃は、たくさん授業を作成していたので、
これはこの一度しかやっていません。洗練してまたやってみてもいいかなーとも思います。
☆平和の授業分析
原口栄一教諭による道徳授業「平和を考える」(資料『死神くん』「老兵は去らずの巻」および新聞記事を活用)の授業分析をお伝えします。
--------------------------------------------------------------------------------
1. 授業の概要と構成
- 主題・単元: 道徳「平和を考える」 PART.1 / PART.2
- 使用教材:
- 新聞記事: 知覧の「特攻おばさん」こと鳥浜トメさんの訃報記事(1992年)
- 漫画教材: えんどコイチ作『死神くん』第7巻「老兵は去らずの巻」(集英社)
本授業は、実在の人物に関する新聞記事から歴史的・現実的な視点を取り入れ、その後に漫画という親しみやすいストーリー教材を用いて児童・生徒の思考を深めていく構成となっています。
--------------------------------------------------------------------------------
2. 発問構造と授業展開の分析
授業は漫画を段階的に区切って見せ(ストップモーション法)、生徒の予測や共感を促しながら思考を深める工夫が施されています。
|
段階
|
提示資料・場面
|
主な発問
|
授業者の狙いと生徒の思考
|
|---|---|---|---|
|
導入
|
鳥浜トメさんの記事
|
発問1: なぜ一人の女性の死がこんなに大きく新聞にのるのか?
|
戦争の語り部としての存在を意識させ、現代から戦争へ歴史的視点を向ける。
|
|
展開1
|
『死神くん』P.38〜50
|
発問2: なぜ、おじいさんはショックを受けたのだろうか
|
南方の島に40年間取り残されていた旧日本兵(おじいさん)が、娘と敵国人との結婚やハーフの孫を知った際のカルチャーショックや意識のズレを捉えさせる。
|
|
展開2
|
『死神くん』〜P.57
|
発問3: おじいさんの説得で守(孫)はどうすると思うか
|
登場人物の心理変化を予測・追体験させ、ストーリーに感情移入させる。
|
|
展開3
|
『死神くん』〜P.64
|
発問4: おじいさんの問いを君達はどう思うか。「本当に人びとは幸せなのか? 本当に平和な世の中になったのか?」
|
漫画内の問いを自分事として捉え直し、「平和とは何か」について多角的に討議(ディベート)させる。
|
--------------------------------------------------------------------------------
3. 児童・生徒の反応と思考の深まり
(1) 「平和」概念の多角化(発問4の反応)
「本当に平和な世の中になったのか」という問いに対し、生徒からは単に「戦争がないから平和」という捉え方にとどまらない多様な意見が出されています:
- 否定・疑問視の意見: 人種差別、佐川急便事件などの社会問題、自然破壊やゴミ問題、いじめ、自殺、他国での内戦や核実験などを挙げ、「戦争がなくなっても本質的には平和になっていない」「絶対的な平和とは言えない」と指摘しています。
- 肯定・相対的理解の意見: 「戦争時代と比べれば平和になった」「日本は戦争がなくなった」としつつも、人間のわがままや現代の豊かさ(贅沢)に対する問題意識が示されています。
(2) 授業後の感想(価値の受容と変容)
- 歴史と現代の架け橋: 「いい加減に戦争が終わったことに気づけばよかったのに(40年の無駄)」「戦争時代の心を取り戻すのは無理」といった、旧日本兵の立場や時代の落差に対する察しが見られます。
- 平和観の再構築: 「なんでもないことが平和なのかな」「本当の平和は難しい」「自己中心的な人間ばかりだから全世界が本当の平和になることはない」など、日常のありがたみや人間性の課題にまで平和の捉え方が深まっています。
--------------------------------------------------------------------------------
4. 本授業の成果と道徳教育上の特徴
- サブカルチャー(漫画)を活用した多面的な視点取得: 戦後40年の空白を持つ旧日本兵という「過去の当事者視点」を通して現代日本を見ることで、生徒自身が当たり前と思っている「現代の平和や豊かさ」を客観的・相対的に捉え直すことに成功しています。
- 段階的な問いかけ(ストップモーション法)による思考の持続: 途中で展開を止めて予測・考察させることで、受動的にストーリーを読むのではなく、当事者意識をもって人間関係や価値の対立に向き合えています。
- 「問い」を中心としたディベート的展開: あらかじめ準備された単一の道徳的価値(「平和は大切だ」など)を押し付けるのではなく、「本当に平和なのか?」という問いを投げかけることで、社会問題や人間の内面にまで目を向けた自由で本質的な議論を引き出しています。
--------------------------------------------------------------------------------
原口栄一教諭によるこの道徳授業は、実施された1990年代当時だけでなく、現代社会(2020年代以降)においても以下のような高度で本質的な教育的意義を備えています。
--------------------------------------------------------------------------------
1. 「戦争の不在=平和」という固定観念の脱却
授業内の討議では、「自国で直接的な戦争がないこと」だけをもって平和とみなす見方に対し、生徒たちから人種差別、社会問題、自然破壊、いじめ、自殺といった現代社会の多角的な課題が挙げられました。 現代は武力紛争だけでなく、格差やSNS上の分断、環境破壊、生きづらさなど「目に見えにくい不平・不満」が顕在化している時代です。本授業は、単に「戦争をしないこと」にとどまらず、「人々が真に幸福・安全に暮らせる社会とは何か」という「積極的平和」の観点から日常を問い直す契機となります。
--------------------------------------------------------------------------------
2. 時代的・文化的な価値観のギャップに対する想像力
教材内では、戦後40年間取り残された旧日本兵が、娘の国際結婚やハーフの孫という現代の家族形態に直面し、強い拒絶反応を示す場面が描かれています。 グローバル化やダイバーシティ(多様性)が一般化した現代において、自分たちが現在享受している「当たり前」の価値観がどのように形成されてきたのかを理解し、**異なる時代背景や歴史的当事者の葛藤に思いを寄せる柔軟な視点(歴史的・他者理解の想像力)**を育むことができます。
--------------------------------------------------------------------------------
3. 「考え、議論する道徳」の実践的モデル
この授業は「平和は大切である」という結論をあらかじめ教え込む形をとっていません。「本当に平和な世の中になったのか?」という正解のないオープンな問いを投げかけ、生徒同士で討議(ディベート)させています。 このように、児童・生徒自身が葛藤し、他者の多様な意見に触れながら自らの倫理観を深めていく展開は、現在の学習指導要領が重視する**「主体的・対話的で深い学び」を体現した先進的な授業構造**と言えます。
--------------------------------------------------------------------------------
4. メディア(漫画・新聞記事)を架け橋とした当事者性の創出
鳥浜トメさんという「実在の歴史的証人」の新聞記事から現実感をつかませ、その上で『死神くん』という「物語漫画」を用いて登場人物の心理を追体験させています。 抽象的になりがちな「平和教育」を、児童・生徒にとって身近で感情移入しやすい題材に落とし込む工夫は、コンテンツが溢れる現代の教材研究・授業づくりにおいても極めて有効なアプローチです。
--------------------------------------------------------------------------------
☆平和の授業録授業後に生徒が書いた感想記録(ワークシート)からは、単に物語を楽しんだというだけにとどまらず、歴史・人間性・現代社会に対する多角的な内省が深まっていることが分かります。
主な傾向は以下の4つに整理できます。
--------------------------------------------------------------------------------
1. 「本当の平和」の難しさと再定義
単に「戦争がない=平和」と捉えるのではなく、人間のエゴや社会課題に目を向け、「真の平和とは何か」を自分事として問い直す傾向が顕著です。
- 人間性の限界への指摘: 「自己中心的、自分勝手な人間ばかりだから、全世界が本当の平和になることは絶対にないと思う」。
- 日常や本質への洞察: 「戦争がなくても、やっぱりいろんな問題がある。本当の平和は難しいなと思う」、「なんでもないことが平和なのかな」。
2. 旧日本兵(おじいさん)の悲劇や「時代の落差」への不条理感
戦後40年間取り残されていた旧日本兵の立場に深く共感し、失われた歳月や時代の変化に対する切なさを感じ取っています。
- 40年の空白に対する思い: 「いい加減に戦争が終わったことに気づけばよかったのに。気づけば40年も無駄な時を過ごさなくてよかったのに」。
- 価値観の断絶: 「戦争時代の心を取り戻すのは無理」、「おじいさんは日本に帰ってこなくてよかったと思う」。
3. 現代の恵まれた環境に対する再評価・感謝
歴史的当事者の過酷な体験と比べることで、自分が生きる「現代のありがたみ」を再認識しています。
- 時代への感謝: 「今の時代に生まれてよかったと思う。戦争に行った人は本当にかわいそうだと思う」。
- 現代社会の肯定: 「外国と仲良くできていいなと思った。今は平和でいいなあ」。
4. 漫画表現(ストーリー)への素直な感情移入
『死神くん』という物語のドラマ性に引き込まれ、登場人物の生き方や家族の姿から素直な感動を得ています。
- 「とってもいい話だった。平和という言葉について考えさせられよかった」。
- 「守のとうちゃんかっこいー!おきぬさんも変わったね」。
--------------------------------------------------------------------------------
☆死神くんと平和教育
教材に『死神くん』第7巻「老兵は去らずの巻」が選ばれた主な理由は、以下の3点に集約されます。
--------------------------------------------------------------------------------
1. 漫画という親しみやすいメディアによる感情移入
児童・生徒にとって親しみやすいストーリー教材(漫画)を用いることで、登場人物の心理変化や価値観の衝突に自然と感情移入し、当事者意識をもって思考を深めやすくする意図があります。
2. 「過去の当事者視点」から現代の平和を相対化できる構造
作中では、南方の島に40年間取り残されていた旧日本兵(おじいさん)が現代日本に帰還し、娘の国際結婚やハーフの孫、現代の豊かさに直面して激しいショックを受けます。この「戦中派の視点」を通して現代社会を見ることで、生徒自身が日常的に当たり前だと思っている「現代の平和や豊かさ」を客観的・相対的に捉え直させることができます。
3. 本質的な議論を引き出す「問い」の存在
作中でおじいさんが投げかける**「本当に人びとは幸せなのか? 本当に平和な世の中になったのか?」**という問いは、生徒一人ひとりに「平和とは何か」を自分事として捉え直し、肯定・否定の両面から多角的に討議(ディベート)させるための絶好の投げかけとなっています。
--------------------------------------------------------------------------------

コメント