ラスト授業05
離任式というか先生とのお別れ会だ。
挨拶をしなければならなかったが、出て行く人数が10名はいたので
話を短くした。
空気を読んだというわけだ。
「自分の命を大切に」ということを話した。
本来は次のような話。
桜島に住んでいるみんな。
「住民は理論に信頼せず」という言葉を知っているか?
東桜島小に桜島爆発記念碑があるだろう。
そこに刻まれているんだよ。
1914年1月12日、10時頃に
噴火が始まった。
当時の東桜島村長は測候所からの連絡で「噴火はない」と言われていたんだ。
だから、この学校のある湯之地域の人たちが群発地震で不安になり逃げ出しているのを止めた。
西の地域の人たちからは「やっせんぼー」と笑われた。
しかし、逃げたのが正解だったんだ。
村長をはじめ止めた人たちは逃げ損ねて
海に飛び込んだ。
何人かは凍えて溺れて死んで閉まったんだよ。
村長はかろうじて救助されたが、
測候所を信じてしまったことに大変怒りを持ち失望して
これを石碑に刻んで後世に伝えようとしたんだ。
ココの地域に元から住んでいる人たちは
やはり自分たちの感覚にいつもと違うぞと言う違和感があったんだろうね。
だから逃げた。
こういう感覚を大切にして欲しい。
今もいつ大噴火するかはわからない。
気象台も予知はできないんだ。
危険性をつげることはできてもね。
また、群発地震抜きで突然ドーンなんて事もあるかも知れない。
だからこそ、今住んでいるみんなの勘を大切にして欲しい。
たとえ、どんな事になってもあきらめないでな。
と10分くらい話したかった。
色紙や一部の人たちからはプレゼントもいただきありがとう。
握手を求められたり、ハグをされたり(おどろいたよ。Rさん、Yさん!!)
なんだかうれしかったよ。
みんなとの授業は楽しかったよ。
みんなが二度と使わない理科室を見てさみしい気持ちになったなーー。
ありがとうね。
桜島学校でもがんばってな。




2年間ありがとうございました。本当は、3年生になっても先生の授業を受けたかったですし、東桜島中学校で、みんなともっと学びたかったです。後ろの棚から男の子たちが作った作品や、教卓から左の棚にあった、分子模型、生徒たちが作ってたミョウバンの結晶などがなくなって、とてもさみしいです。
これからも、先生のブログを確認し続けます!
次の学校でも、頑張ってください!!楽しんでください!!応援しています。
投稿: 野田 | 2026年3月26日 (木) 12:05
ありがとうーーーーーこれからも毎日の思ったことを書いていきます。よろしく。
投稿: 栄一 | 2026年4月 6日 (月) 14:54
2年間マジでありがとうございました!!!全っっっ然宿題出してなくてごめんなさい🙏でも、まじで原口先生の授業が楽しくて、毎回理科がある日は朝からずっとルンルンでした‼️今はあのはちゃめちゃな雰囲気がなくてめちゃくちゃ寂しいけど、その分めちゃくちゃ頑張ってます!!
原口先生に会いたいよぉぉぉぉう😢でも、めーっちゃ応援してるので、頑張ってください!!私も、原口先生から貰ったプリントとかして、受験頑張りまくります💪
投稿: 池田!りおん! | 2026年4月17日 (金) 22:10
ふふふ、まったくそうだったな。今はていしゅつぶつちゃんと出しているかな。まあ、ココでこうやつて会っているようなモノだ。うむ、受験頑張れよーーー。
投稿: 栄一 | 2026年4月18日 (土) 00:21